2011-03-19

だけどなんか質問ある ?

さて今日はネット業界で働きたいよいこのみんな向けにあれやこれや放談してみようかな。

今どきの求職者さんはそこがブラックか非ブラックかということを非常に気にされるようであるから、先ずそこに触れておこう。
あのね、厳密に答えればもちろんピンきりですよって答にしかならないんだけれども、その前にブラックの定義を四つに細分しておきたいんだ。

例えばさ、キミが帯広に住んでいると思いねえ。帯広寒いよね。たぶん。厳寒の帯広でさ、冬過ごすのはさ、慣れてない人にとっちゃそれだけで大変じゃん。雪かきしたりとかさ。防寒のノウハウも、地元育ちじゃない人で、かつ、近所から何も教えてもらえない人だと、全然判らなくて凍えるじゃん。

これが、『仕事がブラックである』ってことだと思いねえ。

でさらに、住んでるアパートの隣がさ、やくざとその情婦だったりしてさ。毎日、やくざの怒声が聞こえんの。壁薄いから。女の悲鳴と哀願の泣き声が聞こえんの。その後パンパンいう音も聞こえるわけ(笑)。ほぼ毎晩。もちろんやくざの仲間も時々来んの。そん時ゃ輪をかけてうるさい。もちろんキミは文句の一つも言えない。ドア開けて廊下ですれ違うことになりそうだったら慌ててドア閉じて引っ込むってぐらい、四六時中ビビり続けてるわけ。

これが『会社がブラック』だってこと。

違い、判るよねえ ?

特に学生さんがブラックか非ブラックかを気にするのは、外れくじを一枚たりとも引きたくない ! という気持ちから来るものだろうから、こんな違いは認めたくないだろうけどね。どっちにしたってそれは外れくじじゃないか ! と。でもそれは、いっても詮無いことを駄々こねている、というふうにしか周囲からは受け止めてもらえないのが世の中の実情だね。

というと、学生さんとかはだいたいこう考える。否そんなことはない。~周囲からは受け止めてもらえない~とかいってるこいつのまわりにそういうやつしかいないってだけのことだ。類が友を引き寄せているんだ。引き寄せの法則なんだ。だからきっと、そういう世の中の現実に対して不満を持っているやつというのはいるはずだ。俺はそれを探せるはずだ ! と。

や、そうなんですよ。というかね、大概皆不満持ってるんですよ。学生団体や NPO やクラブやソーシャルメディアで探してごらん。あっという間に見つかるから。んで話してごらん。すぐ意気投合するから。そんでそれ続けてごらん。いつまで経っても具体的な行動につながらないことを発見するから。

人間には現状維持のバイアスが働く、というのは心理学の基本です。べつにね、マイナスのインセンティブがなくったって、人間はアクション起こさないもんなんですよ。その人間の怠惰さの前には、不満というのは、雲散霧消してしまうもんなんです。況して仲間とつるんでたりなんかしたら、もう。だってフラストレーション解消されちゃうじゃん。大きなアクション起こしたいんだったら、孤独じゃなきゃダメです。孤独でいることによって追い詰められ、追い詰められるからこそ爆発できるんです。適宜ガス抜きなんかして健全な精神キープしてたらいつまで経ってもジャンプできないよ(笑)。当然でしょ。

とはいえキミも結局は他人とコミュニケートしないと生きていけない普通の人だから、コミュニケートしちゃうんだな。すると、最初のうちこそ仮想敵作ったりして意気軒昂なんだけど(コミュニケーションの功)、そのうち、訳知り顔の年長者から、いっても詮無いことをいつまでも駄々ばかりこねているでないぞよ、なんて諭されたりする(コミュニケーションの罪)。自分の内心で裏切り者の粛清を続けているうちに、いよいよ、自分の同輩までもがそんなことを言い出す。キミは相手を罵倒し尽くすが、しばらく孤独になった後、自分にももう選択肢は残っていないこと、いや残っていないのではなく、アウトローを貫くというその選択肢を自分の内心で潰したのは他でもない自分自身だ、という真実を見つけ出す。そして、今の自分と同じ心理プロセスを彼らはちょっとだけ先んじて辿ったのだということに気づく。嗚呼、青春の蹉跌。

なんてね(映画『告白』松たか子の台詞より)。

まあ、こんなのは有史以来飽きるほど繰り返されてきたシーンなんで、中年以上の人達にはさぞ退屈だったろうと思いますが。しかし、ネットネイティヴの比較的若い人達は、ネットのせいで、ユースカルチャーの歴史を体系的に ≒ シーケンシャルに学ばなくてもよくなった人達なので、そんな彼らが、同世代に一歩差をつけるなら、こういうオーソドックス極まりない、青春神話のシーケンスと、それを戯画化した過去の名作といわれる映画とか漫画とか歌とかをを知っておくとですね、いいと思いますよ。まあ少なくともおっさんどもにはかわいがられる(笑)。

で、話を引き戻します。

ブラックには、「仕事がブラック」と「会社がブラック」という二軸がある。これをマトリックスにすると、四分できる。ということが、判りましたね ?

ネット業界ならではの特徴としては、

・「仕事がホワイト」というのが案外多い

これどういうことかといいますと、ネット業界というのはそもそも産業としての歴史が超短く、まだたかだか 15 年ぐらいしかないわけです。俗に企業寿命三十年説なんてのがあったりしますが、それの実証すらできない段階なわけです。いってみれば、産業自体がスタートアップベンチャーなんですね。なので、必然的に、その産業のリーダ、まあ、大手の創業者が多いですが、彼らもまだまだ若いです。五十代なんかいない。世間一般でいう働き盛りそのものなんですね。働き盛りの人にとって、働く理由などないに等しい。搾取される立場だったら、辛いので、何かしら理由をつけないと、働くなんてやってらんねぇ ! とすぐなりますが、彼らは自分がオーナであり、自分がアントレプレナーで、自分がヴィジョナリーですから、自分のやりたいことをやるうえでの障害がほとんどない。だから、働くのに、自分に言い聞かせるエクスキューズが必要ない。これはつまり、働くうえでのマイナス要素がないということです。これだけでも、思う存分働けるというものですが、しかし人間というのは欲深いもので、障害がないだけじゃなく、できれば、自分のやっていることがとっても尊いことだというお墨つきが欲しいんですね(これは彼らネット業界リーダに限った話ではまったくないよ)。それこそ、ネットによる情報流通革命というのは、彼らに正なる未来のヴィジョンを抱かせるに十分すぎるコンセプトだったわけで、彼らは、ニンジンをも手に入れた、というわけです。マイナス要素がなく、かつ、プラス要素も手に入れた。そうなった人間に、働き盛りの人間に、馬車馬のように働かないでいる理由があろうか、否ない、と。こういうわけです。

長々とかきましたが、つまり、彼らは好きでやってる、と。いうこと。好きでやってる仕事がブラックになり得ようか ?

トップマネジメント以外の人達は、ちょっとだけ事情が違います。上記のプラス要素はあるんですよ、リーダ層と同様に。ネットの未来のヴィジョンに夢見ちゃったよ俺も、という。ただ、マイナス要素があるんですね。やっぱ使用人なんで。そのマイナス要素を、「夢」というプラス要素で補っているわけです。それでもまあ、やっぱり、「夢」の力って大きくって、単なる、三十代で給与大台、みたいなのよりも人間を奮い立たせることができるっていうのは真実ですね。搾取されてるし、見返りもない、みたいな業種もあると思うんです。搾取はされてるけど、その分カネで見返りが大きい、という業種もあると思うんです。ネット業界のような、「夢」で補填する構造は、後者を凌駕してると思います。意外と。前者を凌駕するのは当然だけど(笑)。

なので、当人たちの受けとめ方としては「仕事はホワイト」が少なくないのかなと。

ただし、これは年代によって受けとめ方が変わってくるという傾向はあるかもしれない。妻子を持つようになると、どうしてもワークライフバランスが気になってくる。「ホワイトな仕事」から得られるエキサイトメントと、家族から得られるハッピネスとを初めて天秤にかけるようになる。男でさえこうなんで、ネット業界よりソフトな業界の仕事でさえキツく感じがちな女はなおさら。給与水準も決して高くないから、結婚~出産~育児~と連なっていくと、家計のインカムとして十分なのか ? というさらなる疑問も生まれてきてしまう。他にも、婚期を逸して生涯独身まっしぐら、とか、健康を害して元も子も失くす、とかってのもあるね。

ただこの問題に関しては答はないね。なにしろ、産業自体が 15 年なんだから、中年にさしかかった使用人の、ウェルバランスドなワークスタイルのロールモデルなんてどこにもいない。アントレプレナー側にはいるんだけど。ホリエモンとか。自分で試行錯誤することを大きなリスクだと捉える人は、そもそも業界に入るべきでないだろうな。リスクはリスクだけど、その程度のリスクは今どきどこでどう生きても避けられないリスクだから、苦いけど呑むしかないんじゃない ? というのが個人的意見だけど。

ところでこの「仕事はホワイト」、上記の前提は、トップが自分の好きなことをやっているから、というものでした。てことは、逆にいうと…? トップが自分の好きなことをしていないのなら、使用人にとっても「仕事がブラック」になる可能性があるってことなんです。自分の好きなことをできない仕事の仕方って何か。「下請」ですよ。B2B の下請。これは辛いよ。いわれたことを、いわれたとおりに、無理な納期と無茶な代金で請けろと迫られることだからね。もし会社の事業がこれだとしたら、それは「夢」で補填できる量を超えた殺伐が待っている可能性が高い。おすすめしません。「仕事がブラック」でかつ「会社もブラック」で全然不思議じゃない。何一つ教えてもらえないで、だけど明朝までにできてなかったら飛び降りろ、みたいな。

・「会社がホワイト」も一部ある

産業そのものが若いので、中の人達も比較的若い。それはつまり、上が詰まってないということ。ロートルに支配され切ってない風通しのよさがある。そういう環境で、しかも働き盛りの年代のうちに、トップマネジメント層に上り詰めるわけだから、せっかくだからあんなこともこんなこともやってみたくなる。

というと、特に若い人達は、新規事業の間断ない起ち上げ、とかをイメージするだろうか。電子書籍、スマフォアプリ、中国市場進出、マイクロペイメント、ヴァーチャルギフト、アバターコミュニティ、位置情報連動、Facebook ページ、Twitter 活用、フリーミアム、ハイパーローカルクラシファイド、etc...

それも含まれるが、三十代四十代にもなってくると、経営ごっこ、会社ごっこ、組織ごっこというのが何より楽しくなってくる。ワークライフバランス、オフピーク通勤、自転車通勤推奨、社食提供、マッサージサービス、同好会活動、健康留意と医療費負担軽減、メンタルヘルス、ディザスタリカバリ、女性従業員活用、保育所、産休・育休、復職支援、職住近接インセンティブ、顕彰・褒賞、ナレッジマネジメント、コミュニケーション活性化、フランクな面談、誕生日祝い、フリーアドレス、在宅勤務制度、分煙、抜擢、カイゼンコンテスト、従業員アセスメント、昇格研修、マス PR、株式公開、業界団体への参画、キャリア開発、IT 投資、フレックスタイム、給与制度設計、人事ローテーション、留学支援、独立支援、パーティ、合宿、オフィス拡充、勉強会、etc, etc, etc...

この経営ごっこというのは、継続性がある分には、決して非難される類のものではないと個人的には強く思うけれども、しかしまあ、こういうベクトルにばかりうつつを抜かして、「稼ぐ」という営利企業の本分を忘れると痛い目見る、というのも巷間さんざっぱらいわれているとおり、真実ではある。

しかし、ご覧のとおり、上記の経営ごっこというのは、ほとんどが従業員に対する投資である。結局は生産性を上げてもらおうというものである。そのためには回収に長期間かかる投資もやぶさかでないよね、というものである。使用人としては、どうせならこのような長期投資を行ってくれる会社に勤めたいものではないか ?!

つまり、経営ごっこに(節度をもって)うつつを抜かしている会社 ≒ ホワイトな会社 なのであーる。

で、そんな「ホワイト会社」、ネット業界のどこにあんのよ、ということなのだが。長期投資のための原資がないと始まらないわけで、その原資はあくまで「客」に売って「稼いだ」「カネ」から生まれる。とすると、「稼ぐ」ことに対して恒常的にシビアな会社でないと成立しない。ということは、「仕事がブラック」である可能性が高い。「仕事がブラック」なら「会社もブラック」になりがちなものだが、今そうでないということは、かつてはそうだったが、徐々に会社自体が大人になってくるにつれて、経営ごっこをやる余裕が生まれてきた(やりたいやつらが後から忍び込んで来た)、ということなのだろう。これは取りも直さず、会社の「稼ぐしくみ」が安定化してきていることを指している。そのような会社には、「稼ぐしくみ」の「安定化」にこれまで尽力してきた(ブラック × ブラックの中をサヴァイヴしてきた)功労者達が恩賞を受けているという構図がある。まあ、重要ポストに居座っているということだ。そのような企業にキミがいまさら入っても、のし上がる余地はもう皆無だ。のし上がれないということは、一生、使用人であるということだ。

さあ。分厚いガラスの天井に覆われたホワイト会社で、会社からの還元・投資を存分に浴びながらちっぽけな夢と共に生きるか ? 黒を白だと自らを欺いて太く短く生きて、しかしその先にもまだ労働人生が続くことに怯え続けるか ? どうやらネット業界で生きる道はこのどちらかしかないようです。キミはどちらを選ぶ ?

0 コメント: